2017.04.19
(Wed)

ルイス・クラレット氏がヨーロッパ人としてのルーツを語る

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先日、アルバン・ゲルハルトが立ち上げたMusicians4Europeというグループには、来日してコンサートやマスタークラスもしたスペインのチェリスト、ルイス・クラレット氏(66)も名を連ねていてちょっと注目していたのですが、このクラレット氏がグループのフェースブックページに「ヨーロッパが連帯して他国の難民にも手を差し伸べるべき」という思いを書き込んでいました[写真は公式HPより]。

クラレット氏の書き込みは、チャップリンの映画「独裁者」(1960)の有名な演説シーンの動画をシェアするところから始まります。

[オリジナル英語字幕付き]

この感動的なスピーチは、私のヨーロッパ人としてのルーツを思い起こさせてくれます。
私の両親はスペイン内戦によりヨーロッパの中の難民でした。
両親の60年間にわたるラブストーリーは、フランコ政権の軍隊がカタルーニャに侵攻し、フランスに逃亡したときに始まります。 しかしその数か月後、ヒトラーの軍隊がフランスに侵攻します。 父はユダヤ人の友人をかくまったためにゲシュタポにとらえられますが、 パブロ・カザルスが、父は重病だから母国で死なせてやりたい、とゲシュタポを説得してくれたおかげで処刑を免れます (ゲシュタポはカザルスのことを知っていて「尊敬」はしていたのです)。
フランス解放のとき、父はカザルスが大戦で家族を失った子どもたちのための慈善コンサートを開くのを手伝いました。これはもちろんスペインの子どもたちのためだけではありませんでした。
何千人ものスペインからの難民は、他のヨーロッパの国々からの難民同様、海外、特に北米・南米で受け入れられ、新生活を始めることができました。
なぜヨーロッパの政治家たちはそのことを忘れてしまったのでしょう? そんなに昔のことではないのに!
ヨーロッパは連帯して、危機にある人たちが新生活を始められるよう手助けをする必要があります。 母国や友人や家族たちと離れ離れになることは(父は祖母やおじたちに20年以上会うことができませんでした) そうした手助けに値するほど大変な喪失なのです。
─ルイス・クラレット
[英語の原文はこちら※その後、このページはメンバーだけの非公開になったため読めなくなってしまった。拙訳にあたり、趣旨からして許して頂けるだろうと勝手に思って、氏の了解は頂いていません。]

ルイス・クラレット氏は「カザルスが名付け親」とよく紹介されますが、父親とカザルスとの間にここまでの結びつきがあったという話は初めて読んだ気がします(しかもご本人の文章で!)。

氏が1992年のバルセロナ五輪の閉会式で「鳥の歌」を演奏したときに特別な思いがあっただろうことも想像に難くありません。

穏やかで冷静に見えるクラレット氏が、重い歴史と熱い思いとを内に秘めた人であることがわかったような気がしました。

[追記] ルイス・クラレット氏が父親とカザルスのつながりについて、インタビューで答えている動画があるのを後日見つけました。2015年、ボストンのニューイングランド音楽院で、同音楽院のポール・カッツ氏(右)によるインタビュー。

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タグ : パブロ・カザルス 

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