2017.02.03
Fri

感動は細部に宿る

スティーブン・イッサーリスがフェースブックに書き込んでいた文章が面白かったので。

感動は細部に宿る

先週、私はグラスゴーでドボルザークのチェロ協奏曲を演奏した。 この協奏曲を弾くのは数か月ぶりだったので、いつものことながら、細かく練習して思い出す必要があった。 どんな曲でも常に見直し続けていなければ、どんなにその曲のことを知っていても (私が初めてこの協奏曲を弾いたのはほぼ45年前!何てことだ!)退屈な演奏になる。 これはどんな作品についても恐ろしいことだ。ましてやドボルザークの協奏曲のような名作ではなおのことだ。

練習していて突き当たったのは、この協奏曲で私にとって最も難しい箇所の一つが、一見して簡単そうな3つの音符の並びだということだった。 この箇所は、ホルンによって提示されたのちにチェロがソロで繰り返す(ピアノかピアニシモかは楽譜の版による)美しくノスタルジックなニ長調の第2主題の初めにある。 dvorak-2ndtheme.png

四分音符のラがあって、次に二分音符のファ♯が八分音符とタイでつながっていて、その次に 3つの八分音符、ミ、レ、シがスラーでつながっている。私が難しいと感じるのはこの3つの八分音符のフィンガリングだ。

ミを4、レを2、シを1の指にする人もいるだろう。 あるいは、ミを1、レを4の指にする人もいるだろう。 このどちらもA線のままで弾くフィンガリングだが、D線に下りるフィンガリングもあるだろう。

こんなことは、わざわざ書くほどのことはない、ごく些末な問題に思えるかも知れない。 もちろん聴衆はこんなことを知る必要もない。 しかし、これは大事な問題なのだ。 それぞれのフィンガリングには、旋律の形をゆがめてしまうかも知れない落とし穴がそれぞれにある。

ミに4の指をシフトするフィンガリングは、旋律的にも和声的にも重要でないミの音にアクセントをつけてしまう危険がある。
ミとレの間にシフトするリスクは、指の都合からこの2つの音の間にグリッサンドがついてしまうことだ。 グリッサンドは、2つの音の間の表現力を強調したいという気持からつけるものだ。
D線に下りるフィンガリングは、どうしても途中で音色が変わり、旋律の素朴さ直截さを損なうことになる。

ではどうするか? 私の場合は(チェリストはそれぞれが自分の答を見つけなければならない)レに4の指をシフトする、二番目に書いた案にしている。 ただし、グリッサンドのリスクを避けるために注意しなければならない。だから練習するのだ。 弓圧をほんの少しだけ軽くして、グリッサンドが聴こえないように、ただしスラーのかかったレガートを壊さないように。 これは多くの音楽的テクニック同様、感覚的なもので、成功することもあるし、しないこともある (少なくともこの旋律は2回出てくるから、一回目に失敗してももう一度チャンスがある。いっぽう、一回目にうまくいっても二回目が…ということもあるが)。

上で言ったように、これはたぶん書くほどのこともない些末な問題に思えるかも知れない。 数年前、音楽的同志とは言いにくい、ある若手バイオリニストと共演したときのことを思い出す。 私が、モーツァルトのある弦楽五重奏曲には、4小節フレーズが連続する中に1つだけ3小節フレーズがあることを指摘すると、 彼は怒ったような目で私を見て言った。
「音楽家がそんなつまらないことを言うからクラシック音楽が衰退するんだ!」

私の室内楽経験の中でも愉快なひとときとは言えなかった。そのあとリハーサルを続けることが困難だったことはさておき、 彼が「つまらないこと」と言ったのは間違っているとは言える(クラシック音楽が「衰退」しているというのも、ばかげた話だ)。

作曲家の心の中に深く入り込める手がかりなら何でも貴重で助けになる。モーツァルトは間違って3小節フレーズを書いたわけではない。 彼はわれわれに気づかせるつもりで書いたのだ。そして突然の不規則性によって、聴衆を無意識の内にアンバランスにさせるつもりで書いたのだ。

同じように、ドボルザークのチェロ協奏曲の輝かしい旋律にある3つの音符のレガートを保てるかどうかは、聴衆のその日の音楽的経験を微妙に変える。 どんなに些細でも、途切れたり、間違ったアクセントや動きがつくと、ドボルザークの音楽の静謐さが損なわれてしまう。 これはロミオがジュリエットに愛を打ち明けるとき、俳優が咳をするようなものだ。 それがほんの微かなものであっても、観客の気を散らすことになり、興を削ぐことになる。 われわれ演奏家の仕事は、曲のそんな「細かいこと」の積み重ねを、われわれができる限り正確に演じ、伝えることでその曲の物語を語ることなのだ。

[拙訳。原文。譜例はIMSLPより]

イッサーリスのドボルザークのチェロ協奏曲の演奏(1991年)。問題の1楽章第2主題は6:15くらいから。

関連記事

タグ : スティーブン・イッサーリス 

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/02/03 (Fri) 14:39 | # | | 編集

コメントの投稿


非公開コメント

トラックバック