2017.01.07
(Sat)

イギリス人から見たチェロの歴史

チェロという楽器がどうして現在の地位を築くことができたのか?…イギリスのガーディアン紙がチェロの歴史をざっと振り返る記事を書いていました。

Vast, deep and awash with feeling: the story of the cello [guardian.co.uk 17.01.06]

16世紀半ばヴィオラ・ダ・ガンバのライバルとして生まれたチェロは、イギリスでは17世紀の王政復古時代にガンバに取って替わる…チャールズ一世はガンバの愛好家だったが、チャールズ二世はチェロをより好んだ…

18世紀に入るとイタリアでストラディバリが黄金期を迎え、ヴィヴァルディがたくさんの曲を書き、ドイツではバッハが組曲を… 18世紀後半から19世紀になると、ボッケリーニが自らの技巧を活かした曲、 ハイドンが2つの協奏曲、ベートーベンが5つのソナタでチェロのロマン派時代を切り開くと、ショパン、ブラームス、ドボルザーク…ときて、ジャクリーヌ・デュプレによるエルガーの協奏曲の演奏で頂点を極める…

…と、ざっとそんな調子で、イギリス中心の視点ではありますが、チェロの歴史をよくここまで短くまとめたものだと思いました。

ところで、この記事の書き出しにある

"Why write for a violin when there is the cello?" asked Rachmaninov.
[「チェロがあるのに、なぜバイオリンの曲を書くというのか?」とラフマニノフは問うた。]

これは「なぜバイオリンの曲を書かないのか?」と問われたラフマニノフがこう言ったという話として、似た話を何度か聞いた(か読んだ)ことがあるのですが、原典がわかりません。ラフマニノフは本当にこんなことを言ったのでしょうか? あのチェロソナタを書いたラフマニノフなら言ったかも知れないという気がしますが…


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