2016.11.14
Mon

ドボルザークの交響詩「野鳩」のこと

来週の演奏会で演奏するドボルザークの交響詩「野鳩」Op.110について、いつか書こうと思いながら書いていなかったけど、 この曲は背景にある物語が面白くて、チェコの国民詩人エルベン(Karel Jaromír Erben, 1811-1870)という人がチェコに伝わる民話・民謡を詩のかたちでまとめた、 チェコでは知らない人はいないほど有名だという詩集「花束(Kytice)」の一編、「野鳩(Holoubek)」からとられている。

この「野鳩」は、夫を毒殺して若い男と再婚した女が、3年経ったある日、故人の墓の上の木にとまった野鳩の鳴き声を聴いて良心の呵責に苛まれ、ついには狂い死んでしまうという、 ちょっとぎょっとするような話。

ドボルザークはアメリカで成功した後、母国で郷土愛に目覚めたのか、 この「花束」から「水の精」「真昼の魔女」「金の紡ぎ車」「野鳩」の4つをとりあげて連続して交響詩にしている[Wikipedia]。 このどれもが、最後は残酷な結末に驚かされるような、ちょうどグリム童話も実際には残酷で恐ろしい内容だったということを思い出すような話ばかりなのだ。
kytice.jpg

これはちょうど日本でいえば小泉八雲の「怪談」ではないか、と八雲にゆかりがあった松江に生まれ育った者としては思い立ち、がぜん興味が湧いて、 エルベンの詩集「花束」をぜひ読んでみたくなった。 「野鳩」の日本語訳は、チェコ文化の研究家で医師の関根日出男氏(1929-)のを読むことができる。 「野鳩」を含む詩集「花束」全訳は、北海道大学の浦井康男/柴田匠両氏によるものが私家本としてまとめられていて、これを今年4月、浦井先生のクラウドファンディングに参加する返礼として送っていただいた。 英語では全訳が2つほど出版されているよう。

「野鳩」で面白いのは、残酷な結末を持つ民話は世界のあちこちにあるものだとしても、「夫を毒殺して若い男と再婚」といった、男女の仲を描いた、まるでテレビのサスペンスドラマのようなストーリーは珍しいのではないか?ということ。

それから、オリジナルの詩(の日本語訳)を読むと、夫の葬儀で涙を流していながら間もなく若い男と結ばれた未亡人が、実は夫を「毒殺」していたという事実は、約100行ほどの詩の中ほどになってようやく、未亡人の回想でほんの一瞬出てくるだけなのだ。このことが実にドラマチックで、効果的に恐ろしさを引き立てている。原文を見ると、

(原文:チェコ語)
Líbej si je, líbej,
ty žádané líce:
komus namíchala,
neobživne více! -

(浦井/柴田訳)
口づけなさい
待ち望んだ頬に:
お前が毒を盛った男は
もはや生き返らない!

訳では「お前が毒を盛った男」となっているが、チェコ語のnamíchalaというのは「(飲み物を)混ぜる」という意味らしく、「毒」という言葉は使わずに「毒殺」という事実を隠喩的に、ここで初めて明かしているのだ。

(関根訳では「怒る人がいても」となっていて、毒殺あるいは殺人という事実さえぼかしていて、これはちょっとわかりにくい)。

この語り口は、怪談話あるいは映画かドラマの映像作品として想像すると、相当にこわい。

なお、この女がなぜ夫を毒殺したかという「動機」をうかがわせる背景は、いっさい描写されていない。 初めから若い男との仲があったのか、遺産目当てか、あるいは夫に問題があって悩んでいたのか… ただ、後半でこの未亡人が激しく良心の呵責に苛まれているところから、なんとなく察せられようというもの。

その良心の呵責を思い出させるのがなぜ「野鳩」なのかというと、スラブの民話では亡くなった人が、罪のない人は白いハト、悪人は黒いカラスの姿になってよく現れるのだそう。

全体としてこの「野鳩」は物語として実によくできていると思うのだ。

[追記] では、この物語をドボルザークはどのように音楽にしているか?…を書くには力不足だけど、1点だけ。 オリジナルのエルベンの詩では、葬送→若い男の登場→婚礼→毒殺の事実の暴露…という順で物語を語っているのに対して、ドボルザークの交響詩では、場面の順を入れ替えて、葬送の後にすぐ事実の暴露を描いているように思う。このへんは音楽と文学との表現効果の出し方の違いかも知れない。

***

この物語をドボルザークが音楽にした交響詩「野鳩」では、チェロが暗いテーマを奏でるのに重要な役割を担っていて、演奏会で聴いた方たちが、このちょっとこわい物語の世界を感じてくれたらいいと思っています。

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タグ : オーケストラ 

コメント

訳文について

おはようございます
オリジナルの詩(の日本語訳)の「お前が毒を持った男は」に引っかかってしまいました。

すみません、余計なことを書きました。

Re: 訳文について

> 涼さん
お恥ずかしい誤字の指摘ありがとうございます(^^;) 本文を訂正しました。

2016/11/15 (Tue) 14:49 | yoshi #ZQHR2uUw | URL | 編集

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