2015.03.15
Sun

ヨーヨー・マのインタビュー

ヨーヨー・マはこのところシルクロード・アンサンブルの公演が続いていたよう。下はそんな中での少し前のワシントンポスト紙のインタビューから。 ヨーヨー・マをずっと見ていると、どうしてあのように明るくオープンでいられるのだろう? と思うのですが、その彼の考え方の一端が垣間見えるような気がしたので。

You're such a musical omnivore. Is there any kind of music that you don't enjoy, like death metal?
[あなたはどんなジャンルの音楽でも受け容れていますが、どうしても楽しむことができない音楽というものがありますか?デスメタルはどうですか?]
If something sounds cacophonous to me, I try to approach it without judgment. It’s almost like a murder mystery. Who did this, and why? If you start asking these questions, there’s nothing that isn’t interesting.
That doesn’t necessarily mean I want to jump in and be part of it. If I listen and ask these questions and still don’t understand it, maybe I will put that music in a drawer for a while and come back to it later. Maybe I need to grow or learn something new before I can understand it.
[もし何かが耳障りだなと感じたら先入観を持たずに近づいてみることにしています。 犯罪ミステリーみたいなものです。これをやったのは誰なんだろう?なぜなんだろう?と。 そのように疑問を持ってみると、面白くないものなんてありません。
だからといって、すぐにその中に飛び込んで行くとは限りません。 そのように疑問を持ってみて、それでも理解できないときには、いったん引出しの中にしまって、後でまた振り返ってみることにしています。 自分が成長し、新しいことを学ばなければ、それを理解できないかも知れませんから。]
[Yo-Yo Ma brings disparate cultures together in his Silk Road Ensemble Washiington Post 15.02.26 拙訳・強調は筆者。]
アパッショナート
ヨーヨー・マ

ヨーヨー・マが「引出しの中にしまう」と言っているのは文字通りには「楽譜」のことですが、 これを読んで、音楽に限らず、自分がたまたま興味のなかったことや馴染んでいなかったものに接したとき、 自分が興味をひかれないのはそうする必要も価値もないものだからだと決めつけたりせず、 いったん黙って「引出し」にしまってみることは、大切なことかも知れないなと思った次第です。 これは、特に年齢を重ねてくると、なかなか難しいことではあるのですが。

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