2012.10.11
Thu

連続バイオリン押収について

ドイツのフランクフルト空港の税関で演奏家のバイオリンが相次いで押収された事件は本当にひどい話だと思った。

経緯をまとめると、8月16日、フランクフルト空港の税関が、バイオリニストの堀米ゆず子さんのガルネリを押収、 評価額1億円の19%にあたる1900万円に罰金を加え3800万円の支払いを要求した。 交渉は難航するが、日本の外務省の働きかけなどあってドイツ財務省が無償での返還を決定、1ヶ月以上経った9月20日ようやく返還される。 堀米ゆず子・パスカルドヴァイアン ヴァイオリンワークス5

堀米さんが9月25日に公開したコメントは生々しく、胸が痛む。

ところが直後の9月28日、今度はドイツ国籍のバイオリニスト、有希・マヌエラ・ヤンケさんに日本音楽財団が貸与した ストラディバリウスがフランクフルト空港の税関で押収され、評価額6億円余りに対して1億2000万円を要求。 堀米さんの場合は正当な所有を示す書類などを持っていなかったが、ヤンケさんの場合は財団からの貸与の契約書や納税証明書などそろっていたにもかかわらず、 「転売しない保証がない」との理屈で押収したという。

幸い、こちらもドイツ財務省の指示で10月9日、返還される。 その後、ドイツの税関当局の職員が、返還を指示したドイツの財務相を「音楽家の脱税行為を助けた」として検察当局に告発するという事態になっているらしい。

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この件について憤っている人たちの中にも「堀米さんの場合は必要な書類を持っていなかったんだから仕方ないとしても…」という調子で言っている人が多いのが気になった。

というのは、事件後、同業の演奏家の方たちのツイートやブログを見ていても、税関を通るときに楽器の所有を証明する書類の提示を求められた経験や、その必要性の認識を持っている方がほとんどおらず、今回の件にただ戸惑っている方がほとんどだったからだ。

おそらく従来、税関を通過するとき、演奏家だと名乗り、それがもっともらしいと係官が判断すれば (本来、法律的に厳密には書類が必要だとしても)慣例的に持っている楽器に疑いをかけられることはなかったのだろうと思う。 堀米さんの場合もおそらくこうした慣例にならっただけで、そのことをまるで非があったかのように(税関にならともかく、第三者に)言われ、同情の度合いが減じられるとしたら気の毒だと思った。

第一、「転売しない保証がない」という無茶な理屈すら持ち出す相手に対して、どんな書類を用意していたら有効だったのか、わかったものではない。

演奏家全体への目がこれまで甘過ぎたのだ(楽器の取引を利用した犯罪行為もあるような世情にあっては)と言われれば、そうかも知れない。 しかし、仮にそうだとしても、「突然、楽器を押収する」という仕打ちに合わせるほどのことではないのではないか。 「今後、楽器の持ち込みにあたって演奏家のみなさんはこういう書類を準備しておいてくださいね、悪いことをする奴らとまぎらわしいから」と、通達を出しておけばいいことだ(今回ドイツ政府はそうするべきだと思う)。

この件は、税関の一部の突出した職員の「暴走」ではないかと思っている。したがって、この件をもってドイツ人の気質や文化について何か言うのも不適切だろうと思う。

追記10.26:
このあと駐日ドイツ大使館のシュタンツェル大使は、堀米ゆず子さん本人を大使館に招き、コーヒーをふるまいながら意見交換をしたことが13日、 シュタンツェル大使が自ら日本語で書いているブログにつづられていた(「フランクフルトは鬼門」大使日記 12.10.13)。 これを受けて駐日ドイツ大使館では、 大使の見解ドイツ入国の際の手続き をホームページに掲載した。 それによると、楽器を持ってドイツに入国する際は必ず、申告する物がない場合の「緑ゲート」でなく、申告する「赤ゲート」を通るように強調されている (今回、堀米さんもヤンケさんも「緑ゲート」を通ろうとしたのは事実らしい)。

ドイツ大使と大使館が、日本人の不安や不信を払拭するために努力しているのはよくわかる。 しかし、もうこれ以上どうこう言う立場にはないけど、どうも問題を「2人がゲートを間違えたことにより生じた不幸な誤解」と小さくおさめたい意図を感じる。 必要なのは、もっとそれ以前の「ドイツの手続きは、国籍などによる偏見なく公平・公正に一貫性をもって行われる」(今後は…)というはっきりとしたメッセージではないかと思う。 大使のブログ記事に寄せられた、ドイツ税関の公平性・一貫性に疑念を呈するコメントは、日本の音楽家とその関係者からすれば当然の疑問だと思う(これを書いている時点で回答はない)

追記11.01:
日本の文化庁は10月31日、音楽関係者に向けて、外国に楽器を持参する場合は税関で申告するよう注意喚起する発表をした[楽器等の携行に関する税関検査に係る注意喚起について -PDF- 文化庁 12.10.31]。

追記11.05:
大使のブログ記事のコメントに、16日経った2日付で回答があったが「2件とも日本人が対象となったことはまったくの偶然」との見解を繰り返した。「赤」「緑」ゲートの通過人数といった税関での運用実態については「ドイツ税関に直接ご照会いただきたい」とつれなかった。

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タグ : チェロ事件簿 

コメント

よかったですね、

コメント読ませていただきました、一般紙には戻ったことだけが記事になっていました細かい経緯を読み、胸に迫り、思わず涙しました、、、、
無事に戻って本当に良かったです、心からおめでとう、世界文化遺産のような楽器を持って毎日のように世界を飛び回っている演奏家の方々、楽器は分身、本当に大変ですね。
私などフツーの楽器でも、持って新幹線に乗ると網棚の上の楽器が心配で停車する度に見張ってます、、、アメリカに持ち込んだときは確か税関で一応書類に記入したような記憶があります。

2012/10/11 (Thu) 21:55 | そると #- | URL | 編集

NoTitle

えーと、これはなんか言うべきなんでしょうね(笑)
フランクフルトは前からとても厳しくて、在ドイツ日本大使館HPにも以前から注意喚起があります(いま見たらリンク切れでしたが)フランクフルト税関は何するかわからん、というのは割と有名な話だったように思います。私も言われました。楽器はどうか分かりませんが。
それから今回の急な摘発は、楽器に限ったことではなく自分用PC(撮影機材なんかも)に税金がかけられたビジネスマンがいますが、これもいままでは「これくらいなら大丈夫」という「慣例と経験」に頼ったせいみたいです。
この件、ビジネスマンと音楽家を一緒にすべきではないと言えばそれまでですが、騒ぎにはなってもおそらくは戻って来るだろう(もしくはなんらか他の手が打たれる)と考えられる件(そして実際戻ってきた)と、訴える世間も無く自腹を切るしか無いサラリーマンと、どういう違いがあるのかな?と思うんですよね。後者の書類不備は悪くないとは言われないのかなぁ。
あと「事前通告すべきだ」って、それは抜き打ちは卑怯だ、という意味ですかね〜?でも税関の性質(特質?)上、難しそうですけど…

2012/10/12 (Fri) 00:59 | yamamoto #MDo56pwE | URL | 編集

> そるとさん
ほんと、戻ってきてよかったと思います。今回、情報が限られていたせいか報道も少なかったり遅かったりして、やきもきしました。

> yamamotoさん
あ、犯罪云々のところはyamamotoさんとのやりとりを思い出して付け足しました。あとは、他のたくさんの意見を見ていて思ったことです。ひっぱり出したように感じたとしたらごめんなさい。コメントありがとう(^^)。
ビジネスマンも音楽家も違いはないと思うのですが、ビジネスマンは通常「組織」の力や経験や知識が使えます。フランクフルト税関が厳しいという話は僕は今回初めて知りましたが、もし仕事でフランクフルト空港を使うことがあれば誰かが教えてくれたでしょう。
対して音楽家は、言ってみれば大きなリスクを負った個人事業主で、専門性もきわめて高いので、そこに少し酌量の余地があるんじゃないかなと思うのです。ここは少し違う考えの人もいるでしょう。
もしものときに周囲から得られる支援が、「事業」が提供する「価値」の大きさがどう見られているかによって違ってくるのは、ビジネスマンも音楽家も同じでしょう。その違いの度合いに差がありすぎじゃないか、という見方はあるかも知れませんけど。
今回、外務省までがずいぶん力を尽くしたようですけど、じゃあいつも誰の場合でもそうしてもらえるかというと、そうはいかないだろうな、と思います。「政治介入」みたいなかたちになってしまったので、「じゃあみんなはどうすればいいのか」がよくわからないままで、悪くするとまた同じようなことが起こるんじゃないか…と、そちらの危惧は持ちます。
通達と書いたのは、税関を管轄する財務省を念頭に書きました。みんなに経験が伝わる必要があるんじゃないかと思ったからです。

2012/10/12 (Fri) 21:53 | yoshi #mQop/nM. | URL | 編集

NoTitle

フランクフルト税関が前から厳しいという話、検索途中で出てきませんでした?今回「手続き不備もあった」と言っている人達の多くは、このことをよく話題に出していると思いましたが…。
逆に個人音楽家としてやっていける方の方が、経験や組織のコネクションはたくさんあるんじゃないでしょうか。堀米さんも国立音楽院の客員教授ですよね。ビジネスマンと書いたので限定されましたが、それこそ組織も人脈も無い個人事業主が海外を行き来することもたくさんありますね。
また犯罪、音楽家(元含む)のサイドビジネスの話。通達の件ですが、「いままで見逃してたけど」って国が正式に言うのもどうかと思うし、なにより捕まえたい人が捕まえられなくなりますよ〜。抜き打き検査の意味が…。
追加で私の少ない経験の限りですが、独や仏等の税関や入国検査は監査官個人の判断基準がとても尊重されていて、あの人は良かったけどこの人は駄目だった、というのはごくごく普通にあります。画一を好む日本人はこの感覚に馴染めないようですが、ツアーによっては税関通過用の現地ガイドをわざわざ雇うくらいです。聞いていたルール通りでないと戸惑って、咄嗟の対応が出来ない人がとにかく多いと。またそこにつけ込まれるとか、人種差別も残念ながらあるそうです。
勿論びっくりするような厳しい摘発もある反面、びっくりするくらい適当な対応もあります。日本人の感覚で言うと何もかもおかしい(笑)
…長くなりそうなのでこのあたりで。
私的には「どっちもどっち」な玉虫色の事件だと思いました。堀米さんだけの問題ではないので、とても気の毒には思いますけど…弁護士費用も決して安くないでしょうし。

2012/10/13 (Sat) 10:04 | yamamoto #MDo56pwE | URL | 編集

うーん、いいでしょう、書類もなしに税関を通ろうとした行為は甘かったと言わざるを得ないかも知れません。
(ヤンケさんの場合は書類があっても押収されたわけだけど、それはおいといて)
でも、世の中にはよく知らないで「堀米さんは、演奏家なら皆やっている常識を守らなかったのだから」という目で見ている人が多いようだったので、その「甘さ」は演奏家全体のものだったのではないか、だから、もう個人としては十分にひどい仕打ちに合ったわけだし、個人を責めるようなのはちょっと…というのが本文を書いたときに言いたかったことです。

その「甘さ」が、ある程度なら許されるべきか、それとも許されないかについては、二人の意見に開きがある、ということで仕方がないでしょう。
一つ大事なことだと思うのは、yamamotoさんのように日頃音楽家の人たちの才能を尊敬し理解し、今回の顛末をよくわかっている人でも、わりと厳しい目(と言って悪ければ冷静な目)で見ている人がいる、ということです。

ということで、ここでのやりとりはいったんおしまいにしませんか。足りない分はまた二人で会ったときにじっくり(^^;)

2012/10/14 (Sun) 15:48 | yoshi #mQop/nM. | URL | 編集

NoTitle

個人だけを責めるのはどうか、という主旨だったんですね(^^;)
厳しいかな?ドイツの事情を考察しただけなんですが(笑)でもそうですね…「我々には楽器もコンテナも同じ」というドイツ弁護士の言い分にはプロフェッショナルすら感じます(同時にドイツ人っぽいな…とも)。音楽家をプロとして尊敬するのと同じようにです。でも返還希望の署名はしてますよ〜
またいま入った情報だと、ヤンケさんはゲートを間違えたようですね。
では、何かありましたらまたお知らせ下さい。

2012/10/16 (Tue) 23:38 | yamamoto #MDo56pwE | URL | 編集

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