2011.10.12
Wed

「カルテットという名の青春」

素顔はいまどきの若者そのものでありながら一線の若手演奏家4人が、弦楽四重奏を通して音楽に向き合い少しずつ成長していく様子を純粋にまぶしく、また頼もしく思いながら録画を見ました[BS朝日 11.10.09放送]。

「機械的」「テクニック優先」の日本からクラシック音楽の本場ヨーロッパに渡って「自由に」「ことばのように」「イメージを持って」奏でる真髄にぶつかって苦闘するという流れは(テレビ向けにかなり単純化しているとしても)日本人が50年100年と繰り返してきたことのはずなのに、日本の音楽界はまだそういうことを言われているのだろうか?…と多少のいらだたしさも感じました。若い4人の演奏にはじめ「メトロノームの音が聴こえるようだ」と言った先生は「機械のような日本人」という先入観から全く自由だったと言えるだろうか?…

もしかしたら彼ら(とその世代)ならそこを軽々と飛び越えていくんじゃないのか?という期待も持ちながら。

チェロの宮田大さんがロストロポーヴィチ・コンクールで優勝する以前からの取材。ヘルメルソン先生とのドボルザークのチェロ協奏曲のレッスンシーンが興味深かったです。

「カルテットの中でおでんの具にたとえたら自分は何?」という質問へのそれぞれの答え。ファーストバイオリン「大根」。ビオラ「卵。栄養があるから」。セカンドバイオリン「昆布…底の方に、いるぞっていう感じで」。チェロの宮田大さん「僕はみんなを包むスープ!」…どこかで使えそうだな、と思ったので。

(でも、スープは「具」じゃないと思うよ!)

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タグ : 宮田大 

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