外環青梅街道IC問題これまでのまとめ
東京外郭環状道路とは、都心を囲む全長85キロの環状道路。 圏央道などと共に首都圏の交通渋滞緩和などのために1966年都市計画決定された。 2005年末現在約34キロが開通。
練馬−世田谷間は住宅地の住民の反対などあって、1970年、計画が「凍結」。計画地は建築制限を受けつつ、周辺は宅地化が進む。
1990年代、「地下化」を基本に徐々に具体化する動き。
2001年12月、東京環状道路有識者委員会発足。
2002年6月には国、都、区市、住民側委員が一同に会したPI外環沿線協議会が発足。(PI:パブリック・インボルブメント. 住民参加)
2002年11月、有識者委員会が東名、中央、関越との3つのジャンクションを地下のシールドトンネルで結ぶ「大深度地下・ICなし」案を最終提言として閉会。
いっぽう練馬区は大泉付近の交通混雑解消と街路整備を期待して青梅街道IC建設を強く都に要望。
2003年3月14日、扇千景国土交通大臣と石原都知事の連名で外郭環状道路を 「大深度地下方式」で整備するという 方針を記者発表。 青梅街道ICについては「さらに地元の意向を把握する」と含みを残す。
これを受けて杉並区は5月に住民アンケートを実施。青梅街道ICについて特に地元地域の反対が多いという結果。
また区内有識者による「杉並区青梅街道IC問題調査会議」を4回開催。
「インターチェンジを善福寺地区に設置することについては、生活環境・自然環境・教育環境・景観等への影響が広範囲にわたって危惧されるため当調査会議は反対である」
と山田区長へ最終報告。その他住民から反対の要望書提出。杉並区は外環整備全体には賛意、青梅街道ICについては反対の意志を表明。
参考: 外環道計画青梅街道インターチェンジ関係資料 [杉並区]
2003年7月25日、国交省と都が突然、外環道の環境アセスメント方法書の公告・縦覧の手続きに入る。
国交省・都「環境影響を調べるための手続きで即事業化ではない」。
しかし事前に予定を知らされていなかったPI外環沿線協議会の住民側委員が反発。協議会が中断するなど混乱。10月再開。
協議会が「議論の場であって決定を下す場でない」ことのジレンマが浮き彫りになる。
2003年10月 衆議院選挙公示。石原伸晃国土交通大臣(東京8区−杉並区)が選挙ビラに 「外環道ゼロインター」宣言。国交省もその方針を固めたとの一部新聞報道も。 しかし国交省は「従来方針は変えていない」と説明。 石原大臣は会見で「新たな問題提起をさせていただいた」とトーンダウン。
2003年〜 各区市で「意見を聴く会」「オープンハウス」などの地域PI活動。その後も継続。
2004年10月 PI外環沿線協議会が「2年間のとりまとめ」をまとめて閉会。 「計画の必要性については、共通の認識を得るには至らなかった」とまとめ。
2005年1月 「協議会」と同様のメンバーでPI外環沿線会議として再開。
2005年8月 PI外環沿線会議「構想段階の議論」を終了。
2005年9月 国と都「東京外かく環状道路(関越道〜東名高速間)についての考え方」を発表。次いで10月に「計画概念図」を発表。
青梅街道ICについて初めて青梅街道←→練馬方面のみの「ハーフインター」とする案を公表。
2006年4月21日 石原都知事が外環道の都市計画変更手続き(1966年決定の高架方式から地下方式へ)に入ることを発表。
---------[以下後日追記]
2006年6月2日 都市計画変更案策定。環境影響評価へ。
大深度地下方式+青梅街道ハーフIC。地上部「外環の2」の都市計画はそのまま。
2006年6月〜2007年1月 説明会や意見提出。
2007年4月6日 都市計画決定 (この2日後の2007年4月8日、都知事選挙。石原都知事再選。)
(2007年7月 参議院選挙で自民党が歴史的敗北。要因の1つに地方格差による基盤弱体化が挙げられる。)
(2007年12月 都が税収のうち3千億円を国に移譲し地方に分配することに了承。)
2007年12月25日 国土開発幹線自動車道建設会議で基本計画路線に。
(2016年 東京オリンピック?)
事業化後、完成には10年程度かかるといわれている。
なお、都市計画決定しているが事業化・着工されていない例に首都高速高井戸IC(現在ハーフインター)がある。
2020年 完成・供用開始(従来はこの想定で各種の試算や予測を行ってきた)
最新の動向は随時カテゴリー外環青梅街道IC問題で更新中。
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参考:
国と都がまとめた「これまでの主な経緯」 [外環調査事務所のまとめ]
都心から15キロ圏内を結ぶ全長85キロの環状道路。埼玉県区間は今年11月に三郷ジャンクション(JCT)−三郷南IC間約4キロが開通し、計約34キロが開通している。開通区間は高架方式。千葉県区間は用地買収が進められており、計画の88%の買収が終わり、一部工事も行われている。 練馬−世田谷間も66年の都市計画決定では高架方式となっており、計画区間を地下方式に変更するためには、都による都市計画の変更手続きが必要となる。また都市計画決定に先立って環境アセスメント法に基づく評価準備書の作成、評価書の作成といった手順を踏み、その都度、公告、縦覧、意見書提出といった住民の参加手続きが義務づけられている。
さらに都市計画変更後は、現在「予定路線」に位置づけられている東京外環都内区間を「整備計画路線」に格上げするなど、高速道路建設に伴う諸手続きが必要になり、着工までには最低でも2年以上かかるとみられている。
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