2017.08.22
(Tue)

バルセロナで「鳥の歌」

スペインのバルセロナで17日に起きたテロ事件の犠牲者を悼んで、 20日に行われたサッカーのFCバルセロナの今季開幕戦で、試合前にカザルスの「鳥の歌」

スペイン・サッカーのリーガ・エスパニョーラではこの日の開幕戦全試合でそれぞれ1分間の黙祷を捧げたのだそう。Tots Som Barcelonaは"We are all Barcelona"の意。

カザルス「鳥の歌」はスペインでは追悼の場で流されることが多く、特にカタルーニャで生まれバルセロナで育ったパブロ・カザルスの、祈りのようなこの曲が流れることは自然なことだったと思います。

冒頭30秒くらい(小節数にして6小節)が過ぎたところで、ホイッスルが鳴り、観客から拍手が起こり、音楽がフェードアウトし、選手がグラウンドに散る…え?それだけ?と思いましたが、たしかに全曲(約3分)を流したら、サッカーの試合前としては少し長すぎて選手の体が冷えてしまうかも知れない。同じカタルーニャ地方のチーム、ジローナFCの開幕戦でも「鳥の歌」が同じところでフェードアウトされていました。

これはこれで仕方ないのかなと思いました。生きている者はサッカーもするし、ひいきのチームを応援するし、日々の営みを続けなければいけない。

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2017.06.21
(Wed)

ヨーヨー・マが国連TOGETHERキャンペーンにメッセージ

国連ピースメッセンジャーでもあるヨーヨー・マ(61)が、難民問題に取り組む国連のTOGETHERキャンペーンに寄せて「鳥の歌」の演奏とメッセージ。

これはカタルーニャ民謡「鳥の歌」の冒頭の部分です。 この歌はスペインのカタルーニャの人々ならみんなが知っている歌で、自由を象徴する歌です。 私の偉大なヒーローの一人でチェリスト、パブロ・カザルスが1971年に国連で演奏しました。

私にとって、鳥が飛ぶことは自由を象徴しています。
鳥はすべての国境を飛び越えて行くことができます。
鳥の眼でものを見ることで広い視野を持つことができ、移動ができる生態で季節の変化に対応することができます。
季節が変化するのは、われわれ人間にとっても同じことです。
(演奏)
自由について考え方はたくさんあります。
移動の自由、考えることの自由、安全でいる自由、自己を表現すること、思い出すこと、探求することの自由…
私は移民です。実際のところ、われわれは皆どこかから来た“移民”なのです。

人間の特別なところは、思い出すことです。思い出し、それを人に伝えられることです。
「己の欲する所を人に施せ」という黄金律にしたがって、2つのことをしてみましょう。

われわれが移民だったときのことを思い出して、どう接してほしいか考えてみましょう。
そして、鳥のようにものを見て、歌う自由を思い出してみましょう。
それは、パブロ・カザルスが国連で40年以上も前に言ったことです。ピース(Peace)、ピース、ピース…
[拙訳]

参考: TOGETHERキャンペーン [国連広報センター]

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2017.06.21
(Wed)

カザルスのチェロを受け継いだチェリストが絵本に

パブロ・カザルス(1876-1973)が使ったチェロを受け継いで弾いているということで前に話題にしたことがあるアメリカのチェリスト、アミット・ペルド(1973-)の話を絵本として出版する話があるのだそうで、 現在、出版に必要な2万ドルを目標に資金を集めるクラウドファンディングを募っているそうです。

"A Cello Named Pablo"(パブロという名のチェロ)と題するこの絵本は、イスラエルで生まれ育ったアミット・ペルドがチェロを学び、 ついには全てのチェリストが尊敬するパブロ・カザルスのチェロを受け継ぐ、夢のような日を迎える…というアミット・ペルド自身の半生とカザルスの偉大さを伝えるものになるようです。

このクラウドファンディング、1口25ドルからで、1万ドルを寄付した人にはアミット・ペルドが世界中どこにでも"パブロ"──つまりカザルスが弾いたゴフリラーのチェロそのもの──を持ってプライベートコンサートに来てくれるのだそうです。 そう聞くと心を動かされるかたもいるのではないかな?…とちょっと思いました。

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2017.04.19
(Wed)

ルイス・クラレット氏がヨーロッパ人としてのルーツを語る

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先日、アルバン・ゲルハルトが立ち上げたMusicians4Europeというグループには、来日してコンサートやマスタークラスもしたスペインのチェリスト、ルイス・クラレット氏(66)も名を連ねていてちょっと注目していたのですが、このクラレット氏がグループのフェースブックページに「ヨーロッパが連帯して他国の難民にも手を差し伸べるべき」という思いを書き込んでいました[写真は公式HPより]。

クラレット氏の書き込みは、チャップリンの映画「独裁者」(1960)の有名な演説シーンの動画をシェアするところから始まります。

[オリジナル英語字幕付き]

この感動的なスピーチは、私のヨーロッパ人としてのルーツを思い起こさせてくれます。
私の両親はスペイン内戦によりヨーロッパの中の難民でした。
両親の60年間にわたるラブストーリーは、フランコ政権の軍隊がカタルーニャに侵攻し、フランスに逃亡したときに始まります。 しかしその数か月後、ヒトラーの軍隊がフランスに侵攻します。 父はユダヤ人の友人をかくまったためにゲシュタポにとらえられますが、 パブロ・カザルスが、父は重病だから母国で死なせてやりたい、とゲシュタポを説得してくれたおかげで処刑を免れます (ゲシュタポはカザルスのことを知っていて「尊敬」はしていたのです)。
フランス解放のとき、父はカザルスが大戦で家族を失った子どもたちのための慈善コンサートを開くのを手伝いました。これはもちろんスペインの子どもたちのためだけではありませんでした。
何千人ものスペインからの難民は、他のヨーロッパの国々からの難民同様、海外、特に北米・南米で受け入れられ、新生活を始めることができました。
なぜヨーロッパの政治家たちはそのことを忘れてしまったのでしょう? そんなに昔のことではないのに!
ヨーロッパは連帯して、危機にある人たちが新生活を始められるよう手助けをする必要があります。 母国や友人や家族たちと離れ離れになることは(父は祖母やおじたちに20年以上会うことができませんでした) そうした手助けに値するほど大変な喪失なのです。
─ルイス・クラレット
[英語の原文はこちら※その後、このページはメンバーだけの非公開になったため読めなくなってしまった。拙訳にあたり、趣旨からして許して頂けるだろうと勝手に思って、氏の了解は頂いていません。]

ルイス・クラレット氏は「カザルスが名付け親」とよく紹介されますが、父親とカザルスとの間にここまでの結びつきがあったという話は初めて読んだ気がします(しかもご本人の文章で!)。

氏が1992年のバルセロナ五輪の閉会式で「鳥の歌」を演奏したときに特別な思いがあっただろうことも想像に難くありません。

穏やかで冷静に見えるクラレット氏が、重い歴史と熱い思いとを内に秘めた人であることがわかったような気がしました。

[追記] ルイス・クラレット氏が父親とカザルスのつながりについて、インタビューで答えている動画があるのを後日見つけました。2015年、ボストンのニューイングランド音楽院で、同音楽院のポール・カッツ氏(右)によるインタビュー。

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2017.04.09
(Sun)

映画「ジャッキー」にカザルス

鳥の歌-ホワイトハウス・コンサート カザルス(パブロ)

現在公開中の、ナタリー・ポートマンがジャクリーン・ケネディ大統領夫人を演じた映画「ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命」には、 あのパブロ・カザルスがホワイトハウスに招かれて「鳥の歌」などを弾いたコンサートのシーンが描かれているらしいですね。

J.F.ケネディ大統領暗殺(1963年)の前後を描いた映画で、"ジャッキー"と呼ばれアイドル的な存在だった彼女がいかにして夫J.F.ケネディを「偉大な大統領」にしたかを描いた映画。

カザルスのホワイトハウス・コンサートのシーンはオリジナルの予告編でちらっとだけ見ることができます(1:33くらい. 日本版の予告編ではカットされているよう)。

カザルスを演じているのは実際のチェリスト、ローラン・ピドゥ(仏1946-)[IMDb]。

カザルスのホワイトハウス・コンサート(1961年)について、 カザルスはスペインの独裁政権に抵抗し、若いケネディ大統領の自由主義的な考え方に共鳴した、というような背景から語られることが多いように思うのですが、この映画では、一流の音楽家をホワイトハウスに招くことによって、文化的にも夫ケネディ大統領とアメリカとを偉大に演出しようとしたジャクリーン夫人、という側面を描いているようです。

対して、今の大統領は、という目でも当然、見られるのだろうと思います。

予告編を見ると、ローラン・ピドゥの姿がカザルスに生き写しのような気がします。映画をご覧になる方はカザルスの演奏シーンもチェックしてみてください。

[追記] この映画出演についてローラン・ピドゥのインタビューがフランスLa Depeche紙の2月の記事に載っていました。それによると出演のきっかけは、この映画の監督がカザルス役を探していることを、やはりチェリストの息子が知り、頭が禿げていて似ていたことから。映画の中ではもちろん実際にチェロを弾いているそうです。
撮影中のエピソードとしては、演奏の終わりのシーンでナタリー・ポートマンが近づいて手を差し出したので、台本にはなかったが、すっかりパブロ・カザルスになりきってその手にキスをした…ということです。

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2016.10.23
(Sun)

国際「チェロの日」?

スティーブン・イッサーリス先日の記事でも登場した息子ガブリエル氏が、国際チェロの日 International Cello Day というものを企画しているそう。

[公式サイト, Facebook, Twitter]

パブロ・カザルス(1876-1973)の誕生日である12月29日を世界の「チェロの日」として、それぞれのやりかたで祝おうという提案。チェロ仲間と集まる、チェロの演奏動画を投稿する、またチェロを弾いたことがなければこの日から始めてみる…など、やりかたは自由、というわけ。

偉大なパブロ・カザルスの誕生日を特別な日として祝うことは、世界中のチェリストがもろ手を挙げて賛成するところだと思いますが、果たして大きなムーブメントにまでなるかどうか。

ちょっと連想するのは、バッハの誕生日を祝って街で演奏することが、世界各地で自律的に、ゆるく連帯しながら広がった「バッハ・イン・ザ・サブウェイズ」[過去記事]で、こうした活動にもヒントを得ているのではないかと思います。

タグ : スティーブン・イッサーリス  パブロ・カザルス 

2015.01.07
(Wed)

オリンピックのチェリスト

アメリカのチェロ情報サイトCelloBelloで、スペインのチェリスト、ルイス・クラレット(1951-)が1992年バルセロナ五輪の閉会式で「鳥の歌」を弾いている映像を紹介しているのを見ました。 ルイス・クラレット氏は昨年も来日して日本チェロ協会でマスタークラスを行ったりしており、そのときのプロフィールで氏がバルセロナ五輪で「鳥の歌」 を弾いたことは読んでいましたが、映像は初めて見ました。

歌っているのはやはりスペイン・カタロニアのソプラノ歌手で、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(1923-2005)。「鳥の歌」で聖火を消すという演出に、あっと思いました。

思い起こされるのは、もちろんパブロ・カザルス(1876-1973)のこと。実はカザルスとオリンピックにも深い因縁があったのだそう。

一九九二年のバルセロナ・オリンピックの閉会式で、カタルーニャ民謡「鳥の歌」が、歌つきで演奏された。だいぶ前のことであるが、僕の胸は熱くなった。実はカタルーニャ人にとって、バルセロナ・オリンピックも、「鳥の歌」も、ある感慨が秘められていたのだ。カタルーニャはスペイン東南の自治州で、バルセロナはその首都である。

それは五十六年前の一九三六年、第十一回オリンピック開催地はナチスのベルリンに決まったのだが、次点だったバルセロナで、反ファシズムの人民オリンピックを開こうとしていた。 カタルーニャが生んだ巨大なチェリスト、パブロ・カザルスは、開会式でベートーベンの「第九」を指揮することになっていた。 ところが数日前、ヒトラーに後押しされたフランコ軍と政府軍との間に内乱が勃発、人民オリンピックは中止になった。 だが一週間後、ベルリン大会で、高らかに「第九」が演奏された。 カザルスは「ファシズムのあるところに平和はない」といって、ピレネー山脈を挟んだ反対側のフレンチ・カタルーニャのプラドという寒村に亡命した。...
[大木雄高 音曲祝祭行 「アサヒグラフ」1998.05.15 ※強調は筆者]

****

オリンピックの開会式または閉会式で弾いたチェリストというと、記憶に新しいところでは、 2012年のロンドン五輪閉会式でジュリアン・ロイド=ウェッバーがエルガー「愛のあいさつ」を弾いたのと[過去記事]、 2002年のソルトレイク冬季五輪開会式でヨーヨー・マがスティングと共演したことがありました[YouTube]。

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2014.10.29
(Wed)

カザルスの名言の出典

ツイッターなどをながめていると、有名人が言ったとされる名言・箴言がたくさんの人にツイートされているのを見かけます。 ただ、多くはいつどういう文脈で言ったのか、原典が示されず、 本当にその人がそんなことを言ったのか?みんなが受け取っているような意味で言ったのか? よくわからないケースがたくさんあります。
Complete Published EMI Recordings 1926-1955 Import
Pablo Casals

そうしたものの中には偉大なチェリストが言ったとされることばもあります。英語圏でよく流れているものの一つが:

The legendary cellist Pablo Casals was asked why he continued practice at age 90.
"Because I think I am making progress," he replied.

伝説のチェロ奏者パブロ・カザルスは、90歳になっても毎日練習を続ける理由を尋ねられて答えた。
「まだ上手くなっていると思うんだよ」。[※拙訳]

この言葉を、パブロ・カザルス(1876-1973)が実際に言ったのか?言ったとすれば、いつどういう状況か?…Quote Investigator(「名言探偵」)という、古今の名言・箴言の原典を調べているサイトが調べた記事がありました。

I Feel that I Am Making Daily Progress - Pablo Casals? Apocryphal? [Quote Investigator 14.02.12]

かいつまむと、カザルスは実際にこれに近い発言をした証拠があるのだそう。

最初は、戦争が終結に向かおうとする1944年、カザルスが「練習を再開しました。日々進歩しているのを感じます」とニューヨークタイムズの記者宛ての手紙に書いているらしい。このときカザルス67歳。

次は1958年、アメリカのコラムニストLeonard Lyons(1906-1976)という人が、当時カザルスを描いた映画の監督とカザルスとの間のやりとりとして、上の言葉とほぼ同じことを書いているのだそう。 カザルスが80歳になった頃のこと。このときの言葉が翌1959年5月のリーダーズ・ダイジェスト誌に下記のように引用されたので、これが広まったのかも知れない。

The world’s foremost cellist, Pablo Casals, is 83. He was asked one day why he continued to practice four and five hours a day. Casals answered, “Because I think I am making progress.”
— Leonard Lyons

***

日本語でよく流れている「名言」としては、ヨーヨー・マ

人生でいちばん大事なことは「心地よさ」を感じること。偏見をもたないこと。
と言ったというのが、たくさんの人に繰り返されているのですが、出典を書いている人を見ません。 不思議なのは、流れているのは日本語ばかりで英語バージョンを見ないのです。

これはヨーヨー・マがいつどういう文脈で誰に向かって言った言葉なんでしょうね?あるいは、本当にヨーヨー・マはそんなことを言ったのでしょうか?

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2014.10.14
(Tue)

カザルスのチェロが受け継がれた日

Tsidtsadze: 5 Pieces on Folk Themes - Popper: Tarantella, Op. 33
Amit Peled

少し前に、アメリカのチェリスト、アミット・ペルド(Amit Peled)が、パブロ・カザルスが弾いたゴフリラーのチェロ(Matteo Goffriller 1733年作)を受け継いで弾いているという話を書きましたが、彼がこのゴフリラーをマルタ・カザルス・イストミン夫人から貸与されるに至った経緯を、自身の視点で書いた記事がありました。

How I came to play Pablo Casals's Goffriller cello [opusmagazine.co.il 2014.09.17]

(おそらく2年前、2012年)7月のある日、アミット・ペルドはニューヨークで、1日に3本のチェロを試奏することになっていた。 朝は楽器商のところでストラディバリ、昼はマルタ夫人に会ってカザルスのゴフリラー、夜は元世界銀行総裁ジェームズ・ウォルフェンソン氏(1933- )に会って氏のガルネリ
A Global Life: My Journey Among Rich and Poor, from Sydney to Wall Street to the World Bank
James D. Wolfensohn

(このウォルフェンソン氏はアマチュアチェリストでもあるというので調べてみると、41歳のときジャクリーヌ・デュ=プレに習ってチェロを始め、50、60、70歳の誕生日に自身が理事をつとめるカーネギー・ホールでコンサートを開き、そこでヨーヨー・マとも共演したという──ガルネリのチェロを持っていることも考え合わせると──同じアマチュアチェリストとして許しがたい経歴の持ち主…[※後日追記]

この3本を試奏したときのアミット・ペルドの心の動きが、文章からよく伝わってきます。 特にチェロの歴史を塗り替えた偉大なカザルスのゴフリラーを弾く時、ケースを開けて楽器を触ることすらためらわれたこと、楽器からカザルスのパイプの香りがする気がしたこと、夢が叶ったという思いに遠く離れた母親のことを思ったことなど…。

チェロ奏者として楽器を選ぶのには、冷静な比較ができる環境ではなかったかも知れませんが[過去記事: 楽器選びについてアルバン・ゲルハルトが語る]、 提供者と奏者との「お見合い」の場でもあったかも知れません。 いずれにしてもチェロ奏者として「夢のような一日」だったことでしょう。

アミット・ペルドはこの数週間後、マルタ夫人とウォルフェンソン氏の両方から貸与の意向のメールをもらい、カザルスのゴフリラーを弾くに至ったわけですが、もう一方のガルネリのまろやかな音色も「これまで見た中で最も美しい女性のよう」と心に残っていて、ガルネリも「愛人」として弾けたらと密かに思っている…と正直な告白で結んでいました。

マルタ・カザルス・イストミン夫人とアミット・ペルド、そしてゴフリラーのチェロとの再会のようす(おそらく今年8月)。

[追記11.05] カザルスのチェロが引き継がれたことについて、ウォールストリート・ジャーナルに詳しい記事。引き継いでから、大がかりなオーバーホールが必要なことがわかり、マルタ夫人もこれを快く認めたといった経緯まで。
Pablo Casals’s Cello Gets a New Life[Wall Street Journal 14.11.04]

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2014.08.19
(Tue)

美術館でバッハ

イスラエル生まれでアメリカのチェロ奏者、アミット・ペルド(Amit Peled)のバッハ無伴奏組曲1番全曲の演奏。 今月2日、アメリカのマサチューセッツ州で。彫刻家をしている姉(妹?)の個展に合わせて美術館で行われたコンサートだそう。

このアミット・ペルドの弾いているチェロは、なんとあのパブロ・カザルスが弾いていたゴフリラー1733年作のチェロなのだそうで、 2年前にカザルス財団とイストミン夫人からこのチェロを受け取ったペルドは「まだマエストロのパイプの香りがする」と言っています[amitpeled.com]。

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