2017.10.29
(Sun)

ジャクリーヌ・デュプレのドボコン発掘映像

夭折したジャクリーヌ・デュプレ(1945-1987)の没後30年に、没後これまで人の目に触れることがなかったドボルザークのチェロ協奏曲の演奏映像が「再発見」され、この22日、BBCで放映されたのだそう。1968年9月、ロンドンのロイヤル・アルバートホールでの演奏で、ダニエル・バレンボイム指揮のロンドン交響楽団。イギリスではBBCのサイトから視聴できますが、下の映像はBBC公式のものではないので、いつまで残っているかは不明。

これを見るとあらためてデュプレの演奏のダイナミックさが伝わってきます。3楽章冒頭では弦を切るハプニングも(29分過ぎ。32分過ぎから再開)。デュプレ、23歳のとき。

このコンサートは、この直前、「プラハの春」を受けてソ連軍がチェコスロバキアに侵攻したことに抗議して「(ドボルザークの母国)チェコスロバキアの人民に捧げる」とされたものだったそうです。演奏後に民族衣装の子どもたちが花束贈呈するシーンが映っているのは、そうした背景によるものと察せられます。

これは歴史の皮肉だと思うのですが、この1ヶ月前の1968年8月、あのロストロポーヴィチ(当時41)が、同じロイヤル・アルバートホールで同じドボルザークのチェロ協奏曲を、ソビエト国立交響楽団と弾いていて、このときはソビエトのチェコ侵攻への激しい批判から公演を中止すべきだとの声もあったものの、結局予定通り行われたのだそう(このときのアンコールにロストロポーヴィチはバッハの無伴奏組曲2番サラバンドを弾き、その頬には涙が流れていたというも)。ロストロポーヴィチがソ連で「反体制」とみなされ、ついには亡命してしまうのはこの少しあと、1970年代に入ってからのこと。

タグ : ロストロポーヴィチ  ジャクリーヌ・デュプレ 

2017.10.19
(Thu)

ジャクリーヌ・デュプレ没後30年にバレンボイムが語る

きょう10月19日は、夭折したチェリスト、ジャクリーヌ・デュプレ(1945-1987)のちょうど没後30年にあたりますが、 それを前にイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙にデュプレの夫でもあったダニエル・バレンボイム(74)へのインタビュー記事が載っていました。

‘Mind-boggling’: Daniel Barenboim on Jacqueline du Pré – and speaking out [FT.com 17.10.13]

バレンボイムが7月、プロムスの壇上からイギリスのEU離脱(Brexit)批判ととれるスピーチをしたことに関しては、音楽と文化に関わると思ったから自然と口に出ただけで、EU離脱批判というのは誤解だ、とのこと。

デュプレについて「音楽家としてユニークな存在で、理論的なことには詳しくなかったが、初見の楽譜でも本能的に本質をとらえて演奏することができたのは信じられないほど(mind-boggling)だった」。 彼女のエルガーのチェロ協奏曲について、パブロ・カザルスが「彼女のようにこの曲を弾けた者はいないし、今後もいない」と言って涙を流した、というエピソードも。

今月28日と29日、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで行われる記念コンサートのプログラムにそのエルガーのチェロ協奏曲がない理由を問われて、バレンボイムの答えは「気持ちの上で重すぎるから(emotionally too much of a burden)」というものだったそうです。

[追記] 28日に行われたコンサートのラジオ中継→Daniel Barenboim conducts the West-Eastern Divan Orchestra [BBC Radio3 17.10.28 公開期間1ヶ月]

(リンク先記事は初めはユーザー登録していなくても読めましたが、登録を求められるようになりました。条件によって違うかも知れません。[追記] フィナンシャル・タイムズのFacebookページTwitter経由でクリックすると読めるかも。

タグ : ジャクリーヌ・デュプレ 

2017.10.04
(Wed)

ジャクリーヌ・デュプレ没後30年

今月19日は、夭折したイギリスの伝説的チェリスト、ジャクリーヌ・デュプレ(1945-1987)の没後30年にあたるのだそうで、イギリスBBCではデュプレの生前の映像や交流のあった人へのインタビュー映像を交えた1時間のドキュメンタリー番組を、20日夜に放映することになっているのだそうです[BBC]。下はその予告動画[TheStradより]。

最初のほうに出てくるのは、イギリスのチェロ奏者ウィリアム・プリース。後半に出てくるのはチェリストで指揮者のジョン・バルビローリ。

他にもデュプレの没後30年に関連しては、10月28日と29日の両日ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで、デュプレの夫だったダニエル・バレンボイム(1942-)が、自身が設立したウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団を率いて、記念コンサートを行うのだそうです。 曲目は、R.シュトラウス「ドン・キホーテ」とチャイコフスキーの交響曲第5番。「ドン・キホーテ」のチェロソロは、バレンボイムがたびたび起用している若手チェリストのキアン・ソルタニ

デュプレを記念するなら、とまず思い浮かぶエルガーのチェロ協奏曲もなく、プログラムからはデュプレがあまり前面に出てきませんが、このコンサートの収益は、デュプレが苦しんだ多発性硬化症の患者支援団体に寄付されるのだそうです。

[追記] 28日に行われたコンサートのラジオ中継→Daniel Barenboim conducts the West-Eastern Divan Orchestra [BBC Radio3 17.10.28 公開期間1ヶ月]

ただ全体的に、20世紀の偉大なチェリストの没後30年という区切りのわりには、記念のCDが発売されたという話も聞かないし[追記注: Warner Classicsからリマスター音源による"The Heart of the Cello"というアルバムが発売されたそう→tower.jp]、 あまりデュプレのことが話題になっていないような気がするのはなぜなのかな?…とちょっと不思議に思いました。

まあ、30年なら、まだデュプレが生きていたときのことを記憶している人も、バレンボイムをはじめたくさんいるからいいのかも知れませんが…

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2017.01.07
(Sat)

イギリス人から見たチェロの歴史

チェロという楽器がどうして現在の地位を築くことができたのか?…イギリスのガーディアン紙がチェロの歴史をざっと振り返る記事を書いていました。

Vast, deep and awash with feeling: the story of the cello [guardian.co.uk 17.01.06]

16世紀半ばヴィオラ・ダ・ガンバのライバルとして生まれたチェロは、イギリスでは17世紀の王政復古時代にガンバに取って替わる…チャールズ一世はガンバの愛好家だったが、チャールズ二世はチェロをより好んだ…

18世紀に入るとイタリアでストラディバリが黄金期を迎え、ヴィヴァルディがたくさんの曲を書き、ドイツではバッハが組曲を… 18世紀後半から19世紀になると、ボッケリーニが自らの技巧を活かした曲、 ハイドンが2つの協奏曲、ベートーベンが5つのソナタでチェロのロマン派時代を切り開くと、ショパン、ブラームス、ドボルザーク…ときて、ジャクリーヌ・デュプレによるエルガーの協奏曲の演奏で頂点を極める…

…と、ざっとそんな調子で、イギリス中心の視点ではありますが、チェロの歴史をよくここまで短くまとめたものだと思いました。

ところで、この記事の書き出しにある

"Why write for a violin when there is the cello?" asked Rachmaninov.
[「チェロがあるのに、なぜバイオリンの曲を書くというのか?」とラフマニノフは問うた。]

これは「なぜバイオリンの曲を書かないのか?」と問われたラフマニノフがこう言ったという話として、似た話を何度か聞いた(か読んだ)ことがあるのですが、原典がわかりません。ラフマニノフは本当にこんなことを言ったのでしょうか? あのチェロソナタを書いたラフマニノフなら言ったかも知れないという気がしますが…


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2016.10.06
(Thu)

ジャクリーヌ・デュ=プレの弓が競売に(追記あり)

イギリスの伝説的なチェリスト、ジャクリーヌ・デュ=プレ(1945-1987)が使ったチェロ弓が今月、弦楽器専門のオークションハウスTarisioで競売に出されるそうです[Stradより]。 Sound of Jacqueline Du Pre Box set

この弓は、イギリスの製作者ジェームス・タッブスが製作し、デュ=プレが保有していた弓で、ペルナンブーコの弓のチップとスクリューのところに美しい銀の細工が施されており、製作者の刻印のある専用の木箱の内側には、デュ=プレの名前と住所の手書きが見えます(実物の写真はTarisioで)。

ちょっと驚くのは、重さが87.5グラムもあるのだそうで、ふつうチェロ弓の重さは75グラムくらいではないかと思いますが、デュ=プレは90グラムくらいの重い弓を好んで使っていたのだそうです。 弓の重さは実測値でなく持った感覚と言われますが、それにしても90グラムというのは重い。それでいてあのダイナミックな演奏をしたわけですから…。

(ちなみに、この機会に自分の弓の重さを量ってみたら、77グラムほどでした)

この弓の落札見込み価格は、2万~3万英ポンド(約264万~396万円)とのこと。 この値段は、チェロ弓としては決して破格というほどではないし、あのジャクリーヌ・デュ=プレが使った弓にしては、 ビートルズやエルビス・プレスリーにゆかりのある品々なら数億円で取引されたりすることを考えると、目を疑うほど安いといえるのではないでしょうか?…

オークションは今月11日から24日までTarisioで行われるそうです。

[追記10.14] 11日からオークションが始まっているので見てみたら、このチェロ弓はオークションから取り下げられていた!取り下げの理由についてTarisioは「この弓が信頼できる筋からのものであることは間違いないが、さらに調査が必要な新たな情報がもたらされたため」と。どうやらデュ=プレがこの弓を入手し保有していた経緯が曖昧なようで、もしかしたら落札見込み価格が妙に控えめだったのもそのあたりが原因だったのかも知れないという気がしてきました。

タグ : チェロ道具  ジャクリーヌ・デュプレ 

2014.05.10
(Sat)

一番演奏されているチェロ協奏曲3(イギリスの場合)

現在、一番演奏されている人気のチェロ協奏曲が「ドボコン」だというのは日本でも、またアメリカでも共通の傾向のようだとわかりましたが、ではヨーロッパではどうか?

なかなか適当なデータが見つからなかったのですが、 イギリスのBBCプロムスアーカイブがあるのを見つけました。 プロムスは毎年ロンドンで数週間にわたって開催されるイギリス最大の音楽祭。 言うまでもなくイギリスはエルガー(Edward Elgar, 1857-1934)の母国。

BBCプロムスで、第1回1895年からこれまで演奏された曲目のうちチェロ協奏曲は:
1. エルガー 55回
2. チャイコフスキー(ロココ) 27回
3. ドボルザーク 26回
4. サン=サーンス 23回
5. シューマン 14回
エルガー:チェロ協奏曲
ジャクリーヌ・デュ・プレ

1950年以降でも:
1. エルガー 36回(※このうち4回がデュプレ)
2. ドボルザーク 16回
3. シューマン 12回
4. ショスタコーヴィチ1番 11回
5. チャイコフスキー(ロココ) 8回

イギリスでエルガーのチェロ協奏曲がダントツの1位なのは、当然といえば当然でしょうか…。ただ、この音楽祭はイギリスの国家的なイベントという性格もあるように思うので、一般の聴衆の嗜好や市場がこの通りかというと、少し別かも知れません。

サン=サーンスが昔は人気だったのに1950年以降演奏回数が少ない(2回)傾向は、アメリカと同様。

プロムスでエルガーといえば、最終日に盛り上がることで有名な「威風堂々」(Pomp and Circumstance)は 毎年1回以上、これまで120年のプロムスの歴史で156回演奏されていることが記録されていました。下は2012年の映像(BBC公式チャンネルから)。

このシリーズ、あとはドイツあたりの傾向がわかったらいいのですが…。

タグ : ジャクリーヌ・デュプレ 

2014.04.11
(Fri)

忘れられかけている?ボッケリーニのチェロ協奏曲

レッスンで新しくボッケリーニのチェロ協奏曲変ロ長調(第9番、G.482)を教えてもらうことになった。

この曲の存在は知っていていたけど、聴いたことはなかったし、弾いたというひとの話も聞いたことがなかった。 聴いてみると、明るく華やかなテーマから始まり、流麗な旋律もあり、チェロの技巧と音域をいっぱいに使う、勉強しがいのある曲だと思った。何よりR子先生がすすめてくださったのだから、これはもう断る理由がない。

***

この曲について、以前「モーストリー・クラシック」のチェロ特集にあった紹介記事を引用すると:

ハイドン:チェロ協奏曲第1番 ボッケリーニ:チェロ協奏曲 ジャクリーヌ・デュプレ ボッケリーニ(1743~1805)のチェロ協奏曲変ロ長調は、ハイドンの2つの協奏曲とともに、古典派時代のチェロ協奏曲を代表する存在である。 現在広く演奏されているのは19世紀後半にドイツ人チェリスト、フリードリヒ・ヴィルヘルム・グリュツマッハーによる改訂版で、これはボッケリーニのオリジナルに大幅に手が加えられている。 ボッケリーニの書いた草稿が発見され、オリジナル版での演奏も可能となった後も、この改訂版による演奏が一般的だ。 自由に展開する美しい旋律はチェロの魅力を活かしたもの。 デュ・プレのチェロ、バレンボイム指揮、イギリス室内管弦楽団による演奏が秀逸だ。
(音楽評論家 岡本稔氏 忘れてはならない名協奏曲 モーストリー・クラシック 2012年11月号 p58)

TBS Vintage Classics ボッケリーニ&ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
カザルス(パブロ)

また、ちょうど最近、カザルスが1961年に来日して指揮したときの音源が「発見」されたというニュース[共同 14.03.04]があった。この中に入っていたのが、カザルス指揮、東京交響楽団の演奏で平井丈一朗さんが弾いたボッケリーニのチェロ協奏曲だった。

カザルス指揮の音源を発見 TBS、61年の来日公演 [共同 14.03.04]
スペイン出身の世界的チェリストで指揮者、作曲家のパブロ・カザルス(1876~1973年)が半世紀前に行った来日公演の録音テープが、カザルスに師事していたチェロ奏者平井丈一朗さん(76)の東京都内の自宅で見つかった。カザルスを招聘したTBSが4日、発表した。
TBSによると、公演は61年4月14日に東京・日比谷公会堂で開催。テープの音源はカザルス指揮のボッケリーニのチェロ協奏曲第9番で、平井さんがソリストを務め、東京交響楽団が演奏した。
当時、TBS主催の演奏会では計6曲が演奏されたが、このチェロ協奏曲の収録テープだけ行方が分からなくなっていたという。

***

ボッケリーニの作曲ではあるけどグリュッツマッハー(1832~1903)が改訂している、ということから、音源と楽譜を探す上でもちょっと戸惑った。

演奏としてはデュ・プレの他にカザルス、フルニエなど錚々たる顔ぶれがグリュッツマッハー版の録音を残している一方、少数ながらオリジナル版の演奏もある。 ヨーヨー・マには両方の録音がある。YouTubeでこの曲名で検索で出てくる演奏にも2種類がある。

オリジナル版とグリュッツマッハー版とでは、冒頭の旋律こそ似ているけどずいぶん書き換えられている上に、第2楽章アダージョなどはボッケリーニ他の協奏曲の2楽章から転用されている。 ようするに、まるで「コピペ」して作った全く別の曲なのだ(ただし、別の“名曲”)。

(ちょっと、フィッツェンハーゲンがチャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」を書き換えてしまったという話を思い出すけど、 ボッケリーニとグリュッツマッハーは、約百年の時を隔てているわけだから、少し事情は違う。)

出版されている楽譜はグリュッツマッハー版が多いが、オリジナル版もある。Breitkopfからはオリジナル版とグリュッツマッハー版と両方が出版されているからややこしい。 このあたりの事情を解説している楽譜専門店アカデミアの記事があった。→エディション・ヴァージョンの違い ボッケリーニのチェロ協奏曲

今回は水色のIMC版を購入した。編者レナード・ローズがわりあい親切にフィンガリングをつけてくれている。なお、IMSLPにあるのはグリュッツマッハー版のみだった。

それにしてもこの曲、近年演奏される機会が少ないのではないだろうか?演奏会の曲目でも新しいCDでもあまり見ない気がする。その理由らしきこともいくつか思い浮かんだのだが、それはまたもう少し色々なことがわかったら。

タグ : チェロレッスン  ジャクリーヌ・デュプレ 

2012.07.27
(Fri)

タングルウッド音楽祭のアーカイブ

先日、小澤征爾さんにメダルが授与されたタングルウッド音楽祭75周年を記念して、ボストン交響楽団のサイトではオーディオ・アーカイブを順次公開していて、きょう27日は、ジャクリーヌ・デュプレが演奏するエルガーのチェロ協奏曲が24時間無料で聴けるようになっていました(おそらく日本時間28日21時頃まで。以降は有料)。

1969年8月3日、タングルウッド音楽祭での録音、指揮ダニエル・バレンボイム、演奏はもちろんボストン交響楽団で、録音時間は約32分。

デュプレのエルガーの録音はいくつか残っているのでしょうけど、歴史的な演奏がこうして聴けることにちょっと興奮しました。聴衆の熱狂ぶりも、すごい。

タグ : ジャクリーヌ・デュプレ 

2011.08.26
(Fri)

サン=サーンスのチェロ協奏曲とベートーベン「田園」の関係

サン=サーンスのチェロ協奏曲Op.33について見つけた話。

パブロ・カザルス(1876-1973)は、サン=サーンス(1835-1921)に実際に会って、作曲者自身の伴奏でサン=サーンスのチェロ協奏曲を弾いて絶賛されたとのことですが(13歳のときとも18歳のときとも)、このときかどうかはわからないけどカザルスはサン=サーンス自身から 「このチェロ協奏曲はベートーベンの交響曲第6番『田園』に着想を得た」と聞いたらしい。

ドヴォルザーク&サン=サーンス:チェロ協奏曲 ジャクリーヌ・デュ・プレ いっぽうジャクリーヌ・デュプレ(1945-87)は、やはり10代のときパブロ・カザルスのマスタークラスでサン=サーンスの協奏曲を弾くのですが、 デュプレの回顧によると、そのときカザルスはこの協奏曲が「嵐が去ってやがて静けさと平穏が戻る」と描写したとのこと。

以上は、Jacqueline Du Pre: Her Life, Her Music, Her Legend (Elizabeth Wilson著,1998)という本に出てくる話。

たしかに、サン=サーンスのチェロ協奏曲の冒頭は、田園4楽章の嵐と雷鳴を連想させるし、2楽章の3拍子は田園3楽章の舞曲風を思わせます。

誰でも思い至りそうなことではありますが、それを直接サン=サーンスからカザルスが、カザルスからデュプレが聞いたとなると、意味合いの大きさがちょっと違うように思います。

個人的にも、同じこの時期に2曲を弾くことになったわけで、なんだかめぐり合わせを感じました。

タグ : パブロ・カザルス  ジャクリーヌ・デュプレ 

2010.05.12
(Wed)

バレンボイム指揮エルガーのチェロ協奏曲

去る5月1日に行われ、NHKハイビジョンでも生中継されたベルリンフィルハーモニーのヨーロッパコンサートの抜粋映像がYouTubeのmedici.tvのチャンネルにありました。

バレンボイム指揮でエルガーのチェロ協奏曲、場所は故ジャクリーヌ・デュプレの生まれ故郷イギリス・オックスフォードのシェリドニアンシアター。チェロはアメリカの28歳、アリサ・ワイラースタイン[過去記事]。 ベルリンフィルのコンサートマスターには樫本大進さんがいて、もうこれはいろいろな意味で見逃せない映像ではないかと思ったので。


なお、細かいことですが、この演奏の第3楽章でバレンボイムは指揮棒を落とし、その「ピシン」という音はNHKの誇る5.1サラウンドの中継でも聴くことができました。これを「デュプレの霊のしわざではないか」とのコメントを頂きましたが、だとすると元夫バレンボイムとエルガーの協奏曲を共演した若いワイラースタインへの「嫉妬」、あるいは世界的ソリストにのし上ろうとする奏者への「ちょっとしたいたずら」でしょうか。

しかも、このわずか5日後、同じワイラースタインがロサンゼルスフィルとドボルザークのチェロ協奏曲を弾いていたところ、 指揮していたドゥダメルが首を故障して後半の「悲愴」を降板するという出来事が[過去記事]。 なんだか今後もワイラースタインの周りに何か起こらないか、彼女に別の意味でも注目してみたくなりました。

この映像のどこかにもデュプレの霊が映り込んでいる....なーんてことはないですよね、きっと。

タグ : ジャクリーヌ・デュプレ 

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