レッスン #319 

2017, 02. 24 (Fri)

ポッパー25番。付点リズム系をダウン-アップで弾く独特のエチュード。音程もさることながら、よくこういうときリズムが甘くなって3連符のようになってしまったりするので、そうなっていないかチェックしてもらって、マルをもらう。

楽譜には弓先(nearest to the point of the bow)で弾くようにと注意書きがしてあるが、これだと移弦やフォルテが難しい、 中弓あたりでも仕方がないですよね…となった。

最近合わせているブラームスのピアノ四重奏第3番Op.60の3楽章冒頭のチェロソロ16小節を聴いてもらって、アドバイスをもらう。ブレスすること、初めの1音(Gis)を何度も。

チャイコフスキー「ロココ風の主題による変奏曲」。1度通した後、きょうは第2変奏と第7変奏。 第7変奏からフィナーレは、これまで弾いたことがないほどの快活なテンポになった。 R子先生の伴奏が上手くなっていたので、もう一度スコアをチェックしておかないと。

今日が初めてのプレミアムフライデーとやら。渋谷の街はいつもの金曜日との違いは、よくわからなかった。

タグ : チェロレッスン 

アンドレイ・イオニーツァのプロコフィエフ「交響的協奏曲」 

2017, 02. 23 (Thu)

23日、ミハイル・プレトニョフ指揮東京フィルハーモニー交響楽団の定期公演で、 2015年チャイコフスキー・コンクール1位のアンドレイ・イオニーツァのチェロでプロコフィエフ「交響的協奏曲」を聴いた。 この日はこの曲を挟んでストラヴィンスキーのロシア風スケルツォとバレエ組曲「火の鳥」というプログラム[公演詳細]。

「交響的協奏曲」はプロコフィエフ(1891-1953)の晩年、当時二十歳そこそこだったロストロポーヴィチが協力して書かれた曲。

最近の米Stringsの記事によると、それまでのチェロ協奏曲にインスピレーションを感じないというプロコフィエフにロストロポーヴィチは、ポッパーの教本「チェロ演奏の高等課程への練習曲」を渡したのだそう。プロコフィエフは作曲家としてこの本からどんなことを読み取ったのか…

ロストロポーヴィチはこの後、ショスタコーヴィチブリテンなど二十世紀の名だたる作曲家と交流し、次々とチェロ協奏曲を書かせていて、チェロのレパートリーをそれまでの倍に増やしたとも。

アンドレイ・イオニーツァは1994年ルーマニアの生まれで、一昨年のチャイコフスキー・コンクール、ロストロポーヴィチがショスタコーヴィチのチェロ協奏曲1番を初演した歴史あるホールで同じ曲を弾いて堂々1位になった人[過去記事]。そんなことからも「若き日のロストロポーヴィチ」という目で見たくなってしまう。なお、このときのファイナルに進んだ6人中2人がプロコフィエフ「交響的協奏曲」を弾いているから、このまだ決して親しみやすいとは言えない曲が、世界のトップチェリストの定番レパートリーの1つになる日も近いのかも知れない。※後日加筆。

イオニーツァの演奏は、力強く剛直なものを予想していたら意外と端整な印象。 この曲を生で聴くのは初めてだし、大編成のオケやホール、こちらの席との関係もあるかも知れないけど、 もう少しチェロの音量が聴こえてきてもいいように感じた。2楽章に出てくる抒情的な旋律は美しかった。 もともと何でも弾きこなせるすごいチェリストであることには間違いがない。

イオニーツァのアンコールは、一転して静かなバッハ無伴奏組曲3番サラバンド。 それでもやまない拍手に今度はプロコフィエフ「子供のための音楽」Op.65から「マーチ」をチェロ独奏で(これはピアティゴルスキー編の楽譜があるはず)。

アンコールはこの2曲だったけど、座った席からは舞台袖の、まだもう少し拍手が続くようなら戻ろうかという彼の姿が見えたので、もしかしたらまだもう1曲アンコールの用意があったのかも。

タグ : ロストロポーヴィチ 

吉祥寺に吉祥寺なし 

2017, 02. 21 (Tue)

近年、チェロを持ってそれまで馴染みのなかった駅で降りることが多くなったのだが、 東京にある護国寺、祐天寺、泉岳寺など「寺」がつく駅の近くには必ずその名のお寺があるよね…と仲間と話していたら「本当ですか?」と言われて不安になったので確かめてみた。

上にあげた護国寺、祐天寺、泉岳寺のほか、高円寺、国分寺、豪徳寺にはその名のお寺が確かにある(善福寺には鉄道の駅はないがお寺はある)。

ところがお隣の吉祥寺に吉祥寺というお寺はないことを今頃になってはじめて知った。 あのあたりにもお寺がたくさんあるので、そのひとつが吉祥寺というのだろうと長年思っていた。

このあたりの事情を書いてくれているのがマイナビの2014年の記事で、かいつまむと江戸時代の昔、本郷元町にあった曹洞宗諏訪山吉祥寺とその門前町は明暦の大火(1657)で焼失し、お寺は現在の本駒込に移されて現存[文京区]、門前町は幕府の斡旋により現在の武蔵野市に代地を与えられて移ったので、現在のあのあたりを「吉祥寺村」と呼ぶようになったのだそうだ。吉祥寺村! kichijoji.jpg

吉祥寺といえば去年「住みたい街ランキング」の1位からついに陥落したそうだけど、とは言っても恵比寿に次ぐ2位なんだから、まだまだ元気でがんばって欲しい。

チェロケース新調 

2017, 02. 20 (Mon)

初めて楽器を買ったときから10年間使っていたチェロケースをついに買い替えた。

これまで使っていた、買った時は白かったチェロケースは、年を経る毎に少しずつ変色してクリーム色を帯びてきていた。 それも一様に変色すればまだしも、近寄って見ると場所によって変色の度合いがまちまちで「まだら」になってきたのが気になっていた。以前、酔ってコンクリートの壁にぶつけてできたキズ(それでも楽器は無事だった)も隠しようがなくなってきた。

そういうところを、年輩の方は「年季」という言葉で評してくれたりするものだが、若いチェロ仲間は「なんかきたなくなりましたね」とはっきり言ってくれたりする。

チェロケースを新しくするに当たって、重さは軽いのに越したことはないが、まだそれが最重要というほどではない。 頑丈なのにも越したことはないが、演奏のために飛行機に乗って遠くに行くようなこともあまりありそうにない…

チェロ仲間の中には、いいものを少しでも安くということで海外のサイトから直接購入した人もいるけど(参考:葉山ポレポレ日記)、万一のトラブルがあったらという不安と闘うのは苦手。やはり店頭で実物を見て、自分の楽器を入れてみて、店員さんに話を聞いてから買いたい… 170220.jpg

というわけで、新しいチェロケースはちょうど安くなっていた中国製のカーボンのものにした。色はこんな感じ。近くで見かけたら声でもかけてください。

タグ : チェロ道具 

今週の練習 

2017, 02. 19 (Sun)

ポッパー25番。リズム系はメトロノームを使うなど注意していないと意外と落とし穴。26番が難しそうなので少し先読み。

チャイコフスキー「ロココ風の主題による変奏曲」。1,2,3,7変奏に絞ったおかげで集中力が出るようになった。

日々の練習はこの他に、オーケストラと室内楽の曲などを日替わりで、1時間~1時間半くらい。

ピアノ四重奏は、モーツァルトの2曲の後に合わせてみたブラームスの3番Op.60 3楽章──チェロの16小節のソロから始まる──をこの夏の本番にかけてみようということになって、ちょっと困っている(うれしいことはうれしいのだが)。 オーケストラでは日曜日これからチャイコフスキーの交響曲第4番、疾風怒濤の終楽章初合わせ。

ゴフリラーのネックが壊れたとき 

2017, 02. 16 (Thu)

アメリカのチェリスト、マット・ハイモヴィッツ氏(46)が今月2日、誤って愛用のゴフリラーのチェロを壊してしまったときの苦い経験を米Strings誌のインタビュー記事で語っていました。

今月2日、カナダのモントリオールで若手チェリストにレッスンをしていたときのこと。スコアを見ようと立ちあがったハイモヴィッツ氏は、ゴフリラー1710年作のチェロを手にしたまま体のバランスをくずしてしまった…

このときハイモヴィッツの氏の頭の中では、とっさにこのままチェロの上に倒れ込むか?それともチェロを投げ出すか?の二者択一をしなければと考えたのだそう。 ハイモヴィッツ氏がしたのは後者で、投げ出されたチェロはネック部分が外れてしまったものの、もしチェロの上に倒れ込んでいたらチェロがバラバラに壊れていただろうとのこと。

その直後のハイモヴィッツ氏のFacebookの投稿。

もちろんハイモヴィッツ氏は大いにショックを受けるのですが、レッスンは最後までやり終え、ウィスキーを2杯ほどあおると、少し胸の傷みが和らいだのだそう…

その後、ゴフリラーのチェロはニューヨークの工房で半年間かけて修理されることになり、その間に使う代わりの楽器も見つかったのだそうです。

楽器の価値がだいぶ違うとはいえ、チェロを持って体のバランスを崩した瞬間の心の動きが、とてもよくわかる気がしました…気をつけないといけません。

タグ : チェロ事件簿 

英国アカデミー賞でチェロ 

2017, 02. 14 (Tue)

12日、英国アカデミー賞の授賞式がロンドンのロイヤル・アルバート・ホールであり、日本でも前評判の高い映画「ラ・ラ・ランド」[公式HP]が作品賞・主演女優賞など最多5部門を受賞したそうですが、この授賞式で、この一年に亡くなった映画界に功績のあった人たちを追悼するコーナーのチェロ独奏が、感動的だったと評判になっていました。

演奏したのはイギリスの17歳Sheku Kanneh-Masonくんで、曲はやはり去年11月に亡くなったレナード・コーエンの「ハレルヤ」

Sheku(シェーク)くんは昨年5月のBBC Young Musician of the YearというBBCの若手音楽コンクールで ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番を堂々と演奏して優勝し、一躍イギリス音楽界の期待の星になった1999年生まれのまだ17歳。

その後アマティの楽器を貸与され、レコード会社と契約を結び、メディアやコンサートにも出演多数。 さっそく、この「ハレルヤ」を収録したアルバムも発売されるという手回しの良さ… 「ハレルヤ」のスタジオ収録のフル演奏動画もありました。

7人きょうだいの3番目で、7人中6人が音楽家を目指している家庭に育ったのだそう。人種的なことも、イギリス社会や音楽界の多様性を示すものとして、ポジティブにとらえられているように思えます。

アカデミー賞といえば、以前ヨーヨー・マが、アメリカのアカデミー賞の追悼コーナーでバッハの6番サラバンドを弾いたのを思い出しました。

レッスン #318 

2017, 02. 10 (Fri)

ポッパー24番。長いスラーでのシフト、ハーモニクス、親指ポジションの4の指、重音…といろいろ。これは21番から続く長いスラーのシリーズで一番難しかった。 13小節のドには♯が、75小節のラにはナチュラルがつくべきミスプリントと思われる。

R子先生「難しいのに力が入らなくなりましたね」。そうだとするとうれしい。

それにしても、これくらい込み入った楽譜になると、細かい指番号に視力がついていかなくなってきた。

ロココ変奏曲。主題から第1,2,3,7変奏の順で通し。新しくフィッツェンハーゲン/ローズ編の楽譜(IMC)にして2週間でようやく慣れてきたところ。とはいえ速い第7変奏の上りではつっかえた。

第3変奏をたいそう褒めていただけた。2つの楽譜のスラーやボウイングがずいぶん違っていたので、自分なりに考えて決めてきたつもり。

第7変奏をもう一度。R子先生がいつものようにピアノを叩きながら、ブーツの底で16分休符をコツコツと刻む音が聴こえてくると調子が出てくる。

高い所でのスピカートがうまくいかないと「…弓はそこ?」。音の鳴りにくい高い所になると、弓が中から元寄りになって、よけいに弓が暴れていたようだった。

タグ : チェロレッスン 

ゲヴァントハウス管弦楽団の新人チェリスト 

2017, 02. 10 (Fri)

ドイツ・ライプツィヒの名門オーケストラ、ゲヴァントハウス管弦楽団のチェロ・セクションに3月から フォアシュピーラー(次席奏者)として23歳の若手チェリストが加わることになったそうです。

この若さと美貌にまず目をひかれたことは否定しませんが、次に目をひかれたのが、Gayane Khachatryanという名前。 これはあの作曲家のハチャトゥリアン(Aram Khachaturian, 1903-1978)と少し綴りは違うけど、名字は同じように発音するのでしょうし、 名前はハチャトゥリアンの「剣の舞」が有名なバレエ音楽「ガイーヌ(Gayane)」の主人公の名前そのものではありませんか!(実際の発音はガヤネーが近いかも知れませんが)。

ガイーヌ(ガヤネー)・ハチャトゥリアンさんは、作曲家のハチャトゥリアンと同じアルメニアの出身の23歳で、ゲヴァントハウス・メンデルスゾーン・アカデミーで研鑽を積んでいたそう。 2013年のハチャトゥリアン国際コンクールで3位入賞したときのファイナルの演奏がYouTubeにありました(このときの1位は、2015年にチャイコフスキー・コンクールで1位になったアンドレイ・イオニーツァ)。 ブラームス : ヴァイオリン・ソナタ集

この名前で思い当るのは、バイオリニストのセルゲイ・ハチャトゥリアン(31)で、彼も同じアルメニアのエレバンの音楽一家に生まれ、 ピアニストのお姉さんとよく共演しているということだから、このチェリストも少し年の離れた妹なのではないか?と一瞬思いました。 ただ、このニュースを伝えるSlippediscの記事についたコメントでは、同じ疑問にはっきり否定するコメントがついていましたから、違うのかも知れません。

とにかくアルメニアにはハチャトゥリアンという名前と、音楽家がたくさんいるようです。

JASRACの管理楽曲 

2017, 02. 08 (Wed)

JASRACが音楽教室からも著作権料を徴収する方針というニュースについて、自分が習っている曲は著作者の死後50年以上が経って権利が消滅したクラシック音楽ばかりだから関係ないだろうと思いながら、いちおうこれまでレッスンで習った曲をざっと調べてみた。

JASRACが管理している楽曲は作品データベースで確認することができる。

そうしたら、1曲だけ、レッスンで1回だけ見てもらったプーランクの「愛の小径」だけは、JASRACが(おそらくフランスの管理団体の信託を受けて)管理している楽曲だということがわかった。 プーランクの没年は1963年で、死後54年が経っているものの、戦時加算とか50年を70年にしようという動きとかが関係あるのかも知れない。

最近弾いたポンセ(1948年没)の「エストレリータ」はすでに権利が消滅しているよう。 また、レッスンではないが教室のクリスマスパーティで弾いたモリコーネの「ガブリエルのオーボエ」もJASRACの管理楽曲で、 パーティでの内輪の演奏はともかく、パーティ前のレッスンで先生のピアノと合わせてもらったのは、JASRACの主張するところの「演奏」にあたるのかも知れない。

音楽教室でチェロを習っている人は、同じようにほとんどクラシック音楽を弾いているとは思うが、近年で言えばピアソラ「リベルタンゴ」、久石譲「おくりびと」、そして溝口肇さんの「世界の車窓から」といった曲が弾きたくてチェロを習い始め、実際に習った方も多いと思う。 そうした楽曲のおかげで生徒が増えたのだったら、それであげた売り上げの一部を作曲者に還元してもいいのではないですか?…というのがJASRACの主張だとすると、わからなくもない。

今回の件で少し驚いているのは、日本の音楽産業を支えてきた大手企業と法人とが、こんなこともきちんと合意していなかったのか、ということ。この際、裁判でも何でもして、はっきりさせたらいいんじゃないか、というのがこの件についての今のところの感想。

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